ラッセルのカントへの言及

ラッセルの「現代哲学」第7章は推論に関するものだが、そこでアリストテレスの三段論法をコケにするついでにカントにも言及しているので、備忘録の役目がら、書き写しておく。

「我々が日常生活で実際に行う推論は、次の二点で三段論法とは異なる。すなわち、取るに足らないわけではなく重要であること、そして安全なわけではなく危険をはらんだものであることである。三段論法は、学問的臆病さの遺物とみなせるかもしれない。中世の修道士たちは、誤る可能性がある場合には推論を行うことは危険であるため、生活と同じく思考においても豊かさを犠牲にして安全を求めたのである。
ルネサンスとともにもっと冒険的な精神が現れたが、しかし哲学でははじめのうちは、それはアリストテレス以外のギリシャ人、特にプラトンに従うという形をとっただけだった。ベーコンとガリレオに至ってようやく、帰納的方法はしかるべく承認されたのである。ベーコンでは大きな欠陥を抱えたプログラムとしてではあったが、ガリレオの場合、それは近代の数理物理学の基礎という輝かしい成果を実際にもたらしたと認められたのである。不幸にも、衒学者たちが帰納法を取り上げ、それを演繹法のように飼いならしてスコラ的にすることに取り掛かった。彼らは、帰納法がつねに正しい結果を導くようにする方法を探し、それにより帰納法から冒険的な性格を奪ったのである。ヒュームは懐疑論によってそれを攻撃し、価値ある帰納は誤りうることを決定的に証明した。その直後に、カントが哲学界を混乱と神秘に叩き込んでしまい、そこから立ち直りはじめたのはようやく最近になってからである。カントは近代最大の哲学者という世評を得ているが、私に言わせれば一個の災厄にすぎない。」

高村夏輝訳、バートランド・ラッセル「現代哲学」p.122